2018年吉日

利尻、礼文島の話し
私が三浪中21歳の時ですが、
札幌に住んでいた下宿で、正月の1日から3日まで食事が出ないと言う事で、高橋君と言う同じ浪人生の友人を誘い、 鈍行列車に乗り札幌から稚内まで行き、利尻島に行きました。その当時は電話もあまりない時代でしたので、ユースホテルに行けば 泊まれるのではないかと思い行きました。
利尻山神社の神主さんがユースホテルをやっていると聞き、
そこに泊まらせて頂きました。
巫女さん役などをやりながら、ところが実際は、巫女さん役をやりながら村の人達と日本酒を注いだり、注がれたりしているうちに 酔っぱらってしまい、一緒に行った高橋君にすごく迷惑をかけたと言うところでした。
それから48年ぶりでしょうか、一週間の夏休みを頂いて高橋君と奥様と一緒に利尻、礼文島に行きました。
利尻島は当時に比べて人口も十分の一になったと言う事で、当時は鰊漁が盛んでしたが、今は鰊も取れなくなり、人口も減って今では3千5、6百人位になり、昔は4万人でしたが、かなり減ったと言う事でした。私はそこで若者が一生懸命ホテルで働いている姿を見て感動しました。 半年位夏の暑い時しか仕事がないと言うような話を聞きました。多分契約職員ではないかと思いました。
私は若者に田舎と言うか、島にもっと来てもらいたいと思います。
東京一極主義ではなく「東京に住むのは、あぶないよ!」
爆弾でも、ミサイルでも一発飛んで来たら終わり東京では生活出来ません。この際もっと、大学も分散し、省庁も分散して日本の国を輝ける国にしてほしい。
今、年寄りの権利を犠牲にしてでも若者にもっと、もっと沢山お金を使って欲しいと思っています。大学に入るまでは授業料を無料にするとか、ご婦人の大学の合格率を減らすなど、とんでもない、
何とかこの問題を解決しなければいけないと思っています。

2018年7月

2018年吉日